[ 神宮律子のエッセイ ]
「自分にとって良い話はあまり信じない方が良い。でも耳の痛い話は真実だと思った方が良い」と仕事の先輩から言われたことがあります。
研修講師をして1年くらいのことです。受講者にアンケートを記入してもらった際、ある受講者から、「名前を何度も間違える」「実習の仕方の説明がわかりにくい」「言い直しがある」という厳しい指摘がありました。それまでは、「ためになった」「とても良かった」という意見がありました。正直、厳しい指摘をもらった講座は自分でもあまり良い出来ではないと認識していましたが、意見としてしっかり書かれると、さすがに落ち込みました。
しかしながら、認めたくない自分がいて、他の受講者が良いと書いてくれたことにすがりたい思いがありました。冒頭の言葉は、その時の研修に、たまたまオブザーバーとして来ていた先輩講師が私にアドバイスしてくれたものです。この先輩講師は以前私が勤めていた会社では後輩にあたりますが、この世界では、私が講師を始めた頃からお世話になっている人です。
そういえば、飲食業の経営をしている知人は、お客様の本当の声を聞くために、お店の外に出て、さり気なく耳を傾けていると言っていたことがあります。お客様は食べ物がさほど美味しくなくても、「お味いかがでしたか?」と聞けば「美味しかったです」と言うものだということです。そういえば自分もそう言っている事があります。
顧客満足を追求する企業は「クレーム」を宝物とし、クレームを分析し、その中から改善につながる事を見つける取り組みをしています。
私も、この時の受講者からの率直な意見は決して忘れることなく、その後改善に努めました。受講者の名前に関しては、とても敏感になり、真剣に覚えようと努めました。それまで言い直しが多いことにさほど意識していなかったので、その後は意識して話すように努めました。一時は落ち込みましたが、この時の事がなかったらその後の成長はありませんでした。
そして、何より感謝しているのは、「そんな意見気にしなくていいわよ」という慰めのことばではなく「気にした方が良い」と言ってくれた先輩講師です。一般的に仲間同士では、良くないことに対してなかなか率直な意見を言ってくれません。研修を依頼されたお客様であっても同様です。その代わり、お客様の評価は、その後の仕事の依頼がない事です。
キャリアを重ねれば重ねる程、率直な意見を言ってくれる人は少なくなります。また、聞くのも怖くなります。だからこそ、耳の痛い意見を言ってくれる仲間や、機会を大切にしたいと思っています。




