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期待はずれ

[ 神宮律子のエッセイ ]

 ある歌番組で、「大人の恋愛とは?」という問いに関して、一人の男性ミュージシャンが「お互いに期待しないこと」と答えていました。

 そう、私が29歳の時に大きな失恋を経験したのは、相手に期待し過ぎていたからでした。特に大きな期待をしていたのは「結婚」です。29歳と言えば、30歳の大台に乗る一歩手前で、女性にとっては20代ではなくなるという大きな意味を持つ年齢です。

 もし今の自分だったらもっと自然体でつきあえただろうにと思える位に、若いときには、常に色々な期待をしていた気がします。例えば遅くなったら家まで送ってくれるだろうと期待したり、自分の誕生日にはサプライズを期待したりと、自分がして欲しいことを勝手に期待していました。最も期待が高まったのは、相手から「家を買おうと思っている。いい物件があるから一緒に見て欲しい」と言われた時です。「もしかして、結婚・・・・」そう期待してしまいましたが、なかなか話は進みませんでした。全てが自分の思うとおりに行かず、とてもイライラしていました。

 当時は、相手も何故私がイライラしていたのか、わからなかったと思います。そして、相手は、まだ結婚の時期ではないと思っている時に、私の大きな期待「結婚」を意識し、負担を感じたのではないかと思います。

 この「期待する」ということばは、何となくワクワクするイメージがしますが、この時の失恋の経験は、「期待した」ことがマイナスになりました。

 「期待」を国語辞典で調べると、「あてにして待ち受けること」と書いてありました。良く使われることばに「期待はずれ」と書いてありました。 「あてにして待ち受ける」とは、何の努力もしないで、相手に頼っているような気がします。もしかして、相手の気持ちも考えずに安易に使っているのかもしれません。

 どのようなことばだったら、相手にとって良いのか?以前、私が勤めていた会社の上司は、部下に対して「期待しているよ」ということばではなく、「応援しているよ」と、良く声をかけていました。部下に大切な仕事を頼むとき、また部下が重要な役割を担うとき、この声かけが良く耳に入っていました。

 この上司は「頑張ってね」ということばもあまり使っていませんでした。ことばの通りこの上司は、相手には見えなくてもさりげなく管理職としてのサポートしていました。相手にプレッシャーを与えることなく、でも常に注目していてくれた、愛情溢れる上司でした。 

 「期待」は時として相手にプレッシャーを与えますが、「応援」は相手にエネルギーを与えます。
 恋愛も相手に期待するだけではなく、何らかの形で相手をサポートができれは、長続きするのでしょう。


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