[ 大嶋利佳のエッセイ ]
「新幹線のリクライニングシートを倒したら、降りるときに直しているか」。
こんな記事が、あるビジネス雑誌に出ていました。
「ジェントルマンとしての立ち居振る舞い」をテーマにした対談記事でしたが、私はこれを読んで、わが身を振り返って反省するとともに、研修先でのある出来事を思い出しました。
ある地方の教育委員会のご依頼で地域の生涯学習に関わる方々を対象としたコミュニケーション講座を実施したときのことです。講座が無事終了し、参加者の方々もほとんどが会場を後にし、私も引き上げようとしていたとき、年配の男性が近づいて来られました。そしてこうおっしゃいました。
「今日はありがとうございました。ですがせっかくいいお話を聞かせていただいたのに、椅子をそのままにして帰る人が多くて・・・。生涯学習の指導者と言いながら、自分が使った椅子をきちんと入れることもできないとは。恥ずかしいところをお見せし申し訳ありません」そして私に向かって頭を下げられたのです。
そのとき、私は文字通り「頭を殴られたような」気がしました。
「人様から先生と呼ばれる立場でいる以上、日常の立ち居振る舞いをおろそかにするな」と私自身が言われたような気がしました。
さらに、そうした他人の小さな行動でも自分の恥とし、たった1度の公開講座の担当講師、いわば行きずりの人間に頭を下げる人がいるとは・・・。このことは今でも忘れられません。
それ以来私も「椅子を入れる」ことには気をつけ、周囲の者にも注意してきたつもりです。しかしそういえば新幹線のリクライニングシートは・・・?
私は、新幹線に乗っている間は「リラックスタイム」として、車内誌などを読みながらのんびり過ごしています。ですのでリクライニングも倒していますが、降りるときに「戻さなくては」と意識してはいませんでした。これが飛行機でしたら離着陸時には必ずリクライニングを直さなければなりませんが、 新幹線の場合は「飛行機じゃないんだから戻さなくてもいいよね」と思っていたかもしれません。
「リクライニングを戻しておかないと車掌さんや清掃の人に手間をかけるのではないか、という想像力を持たない人間はビジネスパーソンとしてもいかがなものか」というその対談内容を読んで、あの「頭を殴られたような」記憶がよみがえりました。
私は、たいしたことをしているわけではない日常を送っているのですから、こうした小さなことを大切にしなければ、結局、何もしていないことになってしまいます。考えてみれば昨年も、やるべき小さなことをたくさんやらずに過ごしてきました。
「リクライニングシートを直しているか」は、「今年こそはなんとか」と思いを新たにした問いかけでした。




