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辞書をひくという行為

[ 大嶋友秀のエッセイ ]

 最近、私は、疑問に思った言葉があるとすぐに辞書を引きます。考えてみれば、学生時代は、英語やドイツ語の勉強のために頻繁に辞書を引いていました。日本語でも、わからない言葉は、あふれているのだから、新聞や雑誌を読んでいても、本を読んでも、すぐに知らない言葉に遭遇するのです。そんなとき、当たり前のこととして、辞書を引いてきたわけです。ところが、ここのところ、辞書を引くということを忘れてきたのでした。

 今、すぐに辞書を引いているのは単純な理由によるのです。ほぼ、ひと月前に、横浜で震度5の地震がおこりました。その地震による被害はまったくないといってよく、「大きな地震だなあ」と肝を冷やした程度のものでした。ところが、私個人は大きな被害を受けたのです。なんと私の書斎が大破してしまったのです。

 私の書斎は、机の真後ろの壁は一面本棚だったのです。少し前から、傾いているのではないかと思っていたのです。「ピサの本棚」だなんていって、もし地震でもおこれば、本に埋もれてしまって、「一巻のおわりだなあ」なんてふざけていたのですが、やはり、危険な状態だったのです。

 その日は、日本ファシリテーション協会定例会があり、出かけていたために大事には至りませんでしたが、出かけていなければ間違いなく、書斎で作業をしていたに違いなく、そうであれば、うしろから、文芸春秋社が出している「日本の論点」の数冊と、シェークスピア全集に、後頭部をしかと打ち付けられ、この世からの退場になっていたかもしれなかったです。

 これには、帰って書斎を見たときにはぞっとしました。天井まで覆っていた本棚は倒れ、本の洪水の中に私は部屋の中に一歩たりともは入れない状態でした。デスクの上のパソコンは即死状態で、何をどう手をつけていけばいいのかわからないほどの惨状だったのです。

 そんな私の書斎も今ではあらたに生まれ変わっています。気弱な私は、もう壁一面の本棚は作るまいと、壊れていない棚を復旧して低く再現をしました。また、壊れた部材を使って小さな棚をいくつも作って部屋の隅々におきました。そんな中で、ひとつできた小さな棚を書斎のデスクの前面に置いたのです。すぐ手が伸びるところにあらわれた棚は便利このうえなく、今、気になって読んでいる本や、仕事で頻繁にひもとく書籍、それに何冊もの辞書も置けたのでした。すぐに目の前に辞書、そして、すぐに手を伸ばせばひけるので、辞書をよくひくことになったのです。それまでは、電子辞書を使っていて、分厚いハードカバーの辞書はひいていなかったのですが、ひき始めてみるといいものなんです。

 昔、私が予備校へ通っていたときに、英語の担当教官が、「辞書は調べるものではない。読むものなんだ」としつこいぐらい言っていたのも思い出しました。前後の言葉を見たり、用例などを読んでみたり、単に言葉の意味を知るだけでなくて、いろいろな「おまけ」がついてくるんです。赤線が引いてあるところに出くわすと、思わず「どんな言葉」だったかな、なんて、そこをまた読んでしまったりします。そんなことをしていると、学生時代に感じていた辞書をひくことの楽しみがよみがえってきました。

 スピーキングエッセイの目的は、言葉を奏でる楽しさをひとりでも多くの人に知ってもらうことです。言葉は人の生活の根本になります。その言葉の使い方、ひいては、生活の根本を、指導していくという立場であることを考えると、知らない言葉に遭遇したときには、丁寧に辞書をひもといて言葉のひとつひとつを確認して覚えていくという地道な作業が大事なのだと痛感しました。

 もちろん、これも地震のためであり、そして何よりも、私は悪運が強くてその場にいなかったおかげであるのですが…。

[ 筆者:大嶋友秀 ]
[ 2005.10.20号 第16号掲載 ]

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